結局

2004年3月27日 エッセイ
人の事は馬鹿にするような人間は人間として最低だと思う。よくいるじゃん?たとえばさ、三人で話していてそのうちの一人が用事があって先に帰ったとする。そうしたらその子が帰ったとたん二人でその子の悪口言い出す奴ら。ほかにも部室ノートとか掲示板での誹謗中傷。ってかさ、そんなの小学生のいじめとたいして変わらないんじゃない?ってかいじめでしょ。本当にそういうことしてる人たちどれだけ自分が餓鬼っぽいか全く分かってないよね。本当腹立たしい通り越して笑っちゃうよ。

確かに世の中に完璧な人間なんていない。どっかしらに不得意なこととか不自由なこととかがあったりする。また、世の中の人全部が自分にあう人ばかりだとは限らない。だけど、それを話の種にしてその人を笑うなんて行為は絶対に許されるものではない。いくらそれが本人の耳に届かないようなところでも。もしこの話してる内容をその人が知ってしまったらとか考えたことないのかね。ましてやわざと聞こえるように言ったりとか、間接的にその人の事傷つけようと思ったりしてる気持ちがあるなら…(以下略)

特にクラシックの世界にはこういうような人たち多い気がする。コンクール実績を自分の売りにして生きていくのがあたりまえのようになってる世界だから仕方のない事なのかもしれないけど。でもそういう人に限って確かにテクニックはあるけど中身が空っぽだったりする。ってか演奏聞けばその人の性格なんてすぐばれる。どんなにカモフラージュがうまいとしてもそのうち分かる。バレる。やっぱそういうのって歌心とか音色に表れて来ると思うから。でもそんな演奏を続けてコンクールとかで優勝しても、なんにもならないと思う。でもまあもしそんなことに気づかずに生きていられるほど鈍感ならかえって幸せかもしれない。でも私は絶対そんなミュージシャンにはなりたくはない。中身がない音楽ほど悲しい音楽はないと思うから。

昨日は

2004年3月26日 エッセイ
ちょっといろいろあって精神的にきてしまった。自分がいやだってことはいやといわなきゃならないこともある。でも、その分相手に対する精神的ダメージはとんでもないもんがあるんだろう。人間関係、特に、いくら恋人でなくとも男女関係は難しい。

人情?

2004年3月17日 エッセイ
「義理人情」この言葉が私は世界で最も嫌いだ。義理ってなんなの。作られた人情でしょ。作られた、まがいもんの人間関係。それは古い「ムラ意識」みたいなもんを形成し、掟破りは無視され、容赦なく追放される。でも、人には人の都合ってあるじゃん?どうしても避けられないこととかさ。なのに、そういう古いへんちくれんな規則で束縛すんのは絶対おかしい。まともな人間関係じゃない。相手のことをよくわかっていれば、そういう規則や縛りがいかにくだらないかがよくわかる。だから、その「法」にしがみついているやつらが私は大嫌いだ。私の親は二人ともまっすぐだ。いやなことはいやって言えるし、いいもんはいいって言える。媚も売らない。だからこの世で一番尊敬するし、感謝する。まっすぐなのが一番だ。そういう人間に私はなりたい。あぁ、何書いているんだろう。こんなバカな奴で本当にみんなゴメンナサイデス。これからもきっとこんな感じでいってしまうでしょう…。

昨日は

2004年1月11日 エッセイ
ちょっといろいろあって精神的にきてしまった。自分がいやだってことはいやといわなきゃならないこともある。でも、その分相手に対する精神的ダメージはとんでもないもんがあるんだろう。人間関係、特に、いくら恋人でなくとも男女関係は難しい。

人情?

2004年1月2日 エッセイ
「義理人情」この言葉が私は世界で最も嫌いだ。義理ってなんなの。作られた人情でしょ。作られた、まがいもんの人間関係。それは古い「ムラ意識」みたいなもんを形成し、掟破りは無視され、容赦なく追放される。でも、人には人の都合ってあるじゃん?どうしても避けられないこととかさ。なのに、そういう古いへんちくれんな規則で束縛すんのは絶対おかしい。まともな人間関係じゃない。相手のことをよくわかっていれば、そういう規則や縛りがいかにくだらないかがよくわかる。だから、その「法」にしがみついているやつらが私は大嫌いだ。私の親は二人ともまっすぐだ。いやなことはいやって言えるし、いいもんはいいって言える。媚も売らない。だからこの世で一番尊敬するし、感謝する。まっすぐなのが一番だ。そういう人間に私はなりたい。あぁ、何書いているんだろう。こんなバカな奴で本当にみんなゴメンナサイデス。これからもきっとこんな感じでいってしまうでしょう…。